デイサービスの現場では、

「これってヒヤリハットに書くべきか?」

と迷う出来事がよくあります。

転倒しかけた。
ぶつかりそうになった。
服を間違えた。
利用者さんが少し怒った。

大きな事故にはならなかった。
だからこそ、書かずに流したくなる。

でも僕は、ヒヤリハットを書くかどうかを、「事故未満だったかどうか」では決めていません。

基準はもっとシンプルです。

繰り返してはいけないことかどうか。

今回は、転倒でも怪我でもない。
でも、そのまま流していたら、利用者さんの尊厳も信頼も壊しかねなかった出来事を書きます。

「これ、ヒヤリハットに書くべきか?」と迷った出来事

ある日、利用者さんの上着の取り違えが起きました。

職員がハンガーにかかっていた利用者Aさんの上着を勘違いして、利用者Bさんに渡してしまったんです。

利用者Bさんは、思い込んだら頑なにそう信じるタイプの方でした。

職員から渡された上着を見て、自分のものだと思い込み、そのまま着込んでしまいました。

帰宅前になって、その上着が本当は利用者Aさんのものだと分かりました。

そこで職員が、

「それはAさんのものだったので、申し訳ないですが脱いでいただけませんか」

とお願いしました。

でも、利用者Bさんは頑なでした。

「これは俺のだ」

そう言って、脱がなかった。

その場の空気が少しずつ危なくなっていくのが分かりました。

このまま押し切れば、利用者Bさんのプライドを傷つける。
感情的になるかもしれない。
最悪の場合、暴れたり、もう来ないという話になってもおかしくない。

だから僕は、その場で職員に言いました。

「もうそれ以上言わずに、そのままにしよう」

何が起きずに済んだのか

この出来事で、結果的に起きずに済んだことがあります。

それは、利用者Bさんのプライドを傷つけ、感情的にさせ、関係を壊すことです。

もしあの場で

「違います」
「返してください」
「あなたのじゃありません」

と正面から押していたら、うまくいかなかったと思います。

服の取り違え自体も問題ですが、本当に怖いのは、その先です。

  • 利用者さんが不快になる
  • 職員が焦る
  • 現場がざわつく
  • 家族や施設との信頼まで揺らぐ

つまりこれは、単なる服のミスではなく、利用者の尊厳と関係性を壊しかねない出来事でした。

その場では、正面突破しない作戦を取った

僕はすぐに、利用者AさんとAさんの入居施設、そして利用者Bさんのご家族に事情を電話で説明しました。

その上で、ご家族と相談し、こういう作戦を取りました。

  • いったん利用者Bさんにはそのまま帰宅してもらう
  • その後、僕が「コーヒーを飲みに来た」という自然な理由で自宅を訪問する
  • ご本人とご家族で落ち着いて話をしたあと、納得して上着を脱いでもらえたら受け取る
  • それをAさんの施設に届けて謝罪する

結果として、この作戦はうまくいきました。

僕が訪問し、利用者Bさんとご家族と話をしたあと、Bさんは自分のものだと思い込んでいた上着を脱いでくれました。

それを受け取り、利用者Aさんの施設に届けて謝罪し、返却しました。

現場で無理に解決しようとせず、場を変えて、相手の気持ちを守りながら回収した。
あの時は、それが最善だったと思っています。

でも、問題は「うまく回収できたこと」ではなかった

この話、現場だけ見れば

「最終的に返せたし、よかったね」

で終わらせることもできます。

実際、職員間では

「これ、ヒヤリハットにしなくてもいいんじゃないか」

という雰囲気がありました。

怪我もしていない。
転倒もしていない。
利用者さん同士のトラブルにも発展していない。

だから、そこまで大げさにしなくてもいいのではないか、という感覚です。

でも僕は逆でした。

これはヒヤリハットに出して、改善策まで作らないと繰り返す。

そう思いました。

なぜなら、原因がはっきりしていたからです。

当時の上着管理は、かなり曖昧でした。
ハンガーにかけておいて、スタッフの記憶を頼りに返していた。

つまり、管理しているようで、実際には管理していなかったんです。

今回たまたま大事故にならなかっただけで、同じやり方を続けていたら、また起きる。
そう判断しました。

そのとき現場では、どんな言葉が出たか

現場の空気は、正直かなり重かったです。

間違えた本人は、もう謝るしかありません。
だからその後に、

「これをヒヤリハットにするか」

という話になると、現場としては前向きにはなりにくい。

実際に出た空気感は、こんなものでした。

「え? これ書くんですか?」

そんな反応でした。

怪我もしていない。
転倒もしていない。
返却も最終的にはできた。

だから、わざわざヒヤリハットにまでしなくてもいいんじゃないか。
そういう空気がありました。

でも僕は逆でした。

いや、これはもうヒヤリハットに書く。

そんな感じで、僕一人が突っ走った形でした。

なぜなら、この出来事を「職員のミス」で終わらせたら、また繰り返すと思ったからです。

上着の管理方法が曖昧だった。
誰のものかを記憶で返していた。

つまり問題は個人より、構造にあった。

その時、構造を見れていたのは僕だけだったと思います。
だから、現場の重い空気があっても、書く判断をしました。

僕がヒヤリハットを書く基準

僕は、ヒヤリハットを書くかどうかを、「大きな事故になったかどうか」では決めていません。

基準はこれです。

繰り返してはならないものは書く。

たとえ小さく見えることでも、繰り返したらいけないものは、ヒヤリハットにします。

もちろん、転倒や怪我は書きます。
でもそれだけではありません。

  • 利用者さんが不快になること
  • 利用者さんの尊厳を損ねること
  • 職員が働きにくくなること
  • 曖昧な運用のせいで、また起こりうること

こういうものも、僕の中では十分ヒヤリハットです。

ヒヤリハットって、「大事故の一歩手前だけを書く紙」ではないと思っています。

本当は、構造の弱さが見えた時に、それを残すための紙です。

感情で終わらせず、仕組みに変える

この件のあと、僕たちは手荷物管理の方法を見直しました。

服の取り違え。
持ち帰り忘れ。
預かり物の管理漏れ。

そういった問題を防ぐために、管理方法を統一しました。

具体的には、こうです。

  • 手荷物や衣類は必ず手渡しで受け取る
  • カバンには番号クリップを付けて保管する
  • 衣類は番号ハンガーで管理する
  • 杖などの預かり物も記録する
  • 返却は必ず手渡しにする
  • 返却後は確認欄にチェックを入れる

つまり、「誰のものかを覚えておく」という属人的な運用から、

番号で管理し、返却確認まで残す仕組み

に変えたんです。

これは単なる事務手順の追加ではありません。

利用者さんの尊厳と信頼を守る仕組みです。

この基準を持つ前と後で、判断はどう変わったか

この基準を持つ前は、問題を問題として受け止めても、どこか感情で終わっていた部分があったと思います。

  • 誰が悪かったのか
  • もっと気をつけてほしい
  • 次から気をつけよう

それで終わる。

でも今は違います。

問題が起きた時、まず一回、構造として見ます。

  • 何がおかしかったのか
  • どういう曖昧さがあったのか
  • 何を変えれば同じことが繰り返されないか

そこまで考えるようになりました。

要するに、問題をただ感情的に取り上げるのではなく、再発防止の設計図に変える頭ができたんだと思います。

この差は大きいです。

組織の改善力は、たぶんそこから上がります。

まとめ|ヒヤリハットは「事故未満」ではなく「再発防止」で書く

今、僕が一番伝えたい結論はこれです。

ヒヤリハットは、事故未満だったから書くかどうかを決めるものではない。繰り返してはいけないことだったかどうかで決めるものだ。

今回の件は、怪我も転倒もありませんでした。
でも、利用者さんの尊厳を傷つける可能性がありました。
家族や施設との信頼を崩す可能性もありました。
そして何より、同じ管理方法を続ければまた起こる問題でした。

だから書くべきだった。

ヒヤリハットを書く目的は、現場を責めることではありません。

問題を構造として見て、次に繰り返さない仕組みに変えることです。

現場を止めないために書く。
利用者さんの信頼を守るために書く。
そして、あとで説明できるようにするために書く。

僕は今、そういう線引きでヒヤリハットを書いています。


次に読むべき記事
第28話:歩行訓練で転倒リスクが上がる理由
→ 線引きが決まったら、次は実際の現場で何が起きるかです。

別角度で読む記事
第19話:LIFEの再開評価は「利用開始」でいい?
→ 記録と判断の迷いを、制度実務から見直したい方へ。

ハブ記事
リハビリ特化型デイサービス管理者の仕事ロードマップ
→ 管理者の仕事全体をまとめて追いたい方はこちら。

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リハビリデイ管理者
リハビリ特化型デイサービスの現役管理者。 現場運営・稼働率改善・スタッフ管理など、実際のデイサービス経営のリアルを発信しています。 これまで複数のデイサービス事業所で勤務し、稼働率が低迷していた事業所の改善に携わる。 担当した事業所では、稼働率を58.5%から79.8%まで改善。 ケアマネジャーとの関係づくり、紹介数を増やす営業方法、現場オペレーション改善など、 現場経験をもとにした実践的なノウハウをまとめています。 「現場で本当に使えるデイサービス経営」をテーマに、 管理者・生活相談員・デイサービス経営者向けに情報を発信しています。