第28話|歩行訓練で転倒リスクが上がる理由 それでも「歩きたい」を簡単に諦めたくない

デイサービスで歩行訓練をしていると、必ずぶつかる問いがあります。
安全を取るか。
希望を取るか。
もちろん建前では、安全が最優先です。
でも現場で利用者さんを見ていると、それだけでは言い切れない場面があります。
歩かなければ、在宅生活は一気に厳しくなる。
でも歩かせれば、転倒リスクは上がる。
この矛盾を、リハビリ特化型デイサービスは避けて通れません。
今回は、重度のパーキンソン病がある利用者さんとの歩行訓練を通して、なぜ歩行訓練が逆に危なくなるのか、そしてそれでも僕が「できるだけ歩いてほしい」と考える理由を書きます。
「歩かせたい。でもこれ、逆に危ないかもしれない」と思った利用者さん
印象に残っているのは、重度のパーキンソン病がある70代女性です。
在宅で生活している方でした。
この方は、何でも自分でやりたい人でした。
頑固なくらい、自分でやりたい。
そして実際に、自宅で生活したいという気持ちもかなり強かったです。
ただ、状態としてはかなり危ない。
- 突進しやすい
- 前傾姿勢が強い
- 転倒リスクが高い
- 自宅でも何度も転倒している
- 顔もかなり傷だらけだった
こちらとしては、車椅子での利用も勧めました。
でも本人は、歩きたいと言う。
正直、危ないとは思いました。
でも同時に、その気持ちにも添いたいと思ったんです。
うちはリハビリ特化型デイサービスです。
ただ安全に座ってもらうだけではなく、できる限り本人にとって意味のあるリハビリをしたい。
その思いがありました。
だからこの方には、職員2名体制で前後を挟む形で歩行訓練を行いました。
でも実際には、途中で力が入らず、膝折れを起こす。
そこで歩行訓練は中止しました。
起きなかったのは「転倒」だった。でも、危険は確実にあった
結果的に、その場では転倒には至りませんでした。
膝折れは起きた。
でも前後に2人でついていたから、すぐに支えられた。
だから床には行かなかった。
これは大きいです。
もし1人介助だったらどうだったか。
もし少し油断していたらどうだったか。
そう考えると、かなりギリギリだったと思います。
歩行訓練って、転倒したかどうかだけでは測れません。
転倒しなかったとしても、危ないものは危ない。
むしろ、転倒しなかったからこそ、その危うさが現場の感覚だけで流されやすい。
この時もそうでした。
事故にはなっていない。
でも、事故寸前だった可能性は十分あった。
現場では「やめましょうよ」という声の方が自然だった
この時の現場の本音は、かなりはっきりしていました。
僕は、できるだけ歩いてほしい側の人間です。
でも職員の多くは、やっぱり怖い。
「安全を考えたら、やめましょうよ」
そういう空気の方が強かったです。
それは当然です。
重度のパーキンソン病があって、突進しやすくて、前傾も強い。
しかも自宅で何度も転んでいる。
現場でそれを見ていたら、怖いと思うのは自然です。
本人は、まだまだやれるという気持ちがすごくある。
でも支える側からすると、その意欲だけでは支えきれない場面もある。
だから、危ない場面では僕が付き添うようにしていました。
「やりたい」という本人の思いと、「危ない」という現場の感覚の間に、管理者として自分が入るしかなかったんです。
僕が今も捨てきれない考え方
僕の根本にある考え方は、今もあまり変わっていません。
できるだけ歩いてほしい。
歩きたいという気持ちに寄り添いたい。
これです。
もちろん、ただ無理に歩かせたいわけではありません。
介助の仕方で変わるなら、歩いてもらいたい。
1人対応で難しいなら、2人対応にする。
できるだけ「どうやったらできるか」を考えたい。
ただ、その考え方がリスクを高くすることも分かっています。
そこは自覚しています。
でも、歩けなくなれば、在宅での生活は本当に厳しくなる。
この方は、在宅生活はもう難しいのではないかと言われ始めていた時期でした。
それでも本人は、自宅で生活したいと言っていた。
家族の思い出がたくさん詰まった家で、生活したいと言っていた。
しかも、そんな状態でも料理を作ろうとしていたんです。
目の前にそういう人がいると、簡単には諦められません。
ただ安全だからという理由で、歩くこと自体を全部止めてしまっていいのか。
僕はそこに、ずっと引っかかっています。
「安全第一」だけでは守れないものがある
この話をすると、たぶん一般的には危ない考え方だと思われるでしょう。
安全第一で考える。
それは正しいです。
福祉介護としては、むしろ当然です。
でも僕は、そこに少し疑問を持っています。
なぜなら、管理者になる前のデイサービスは、むしろ「安全第一」で動いていたはずなのに、それでも転倒事故は起きていたからです。
安全第一でやっているつもり。
でも事故は起きる。
それなら、その「安全第一」は何を守っていたのか。
僕はそこを考えました。
うちはリハビリが売りです。
だったら、ただ止めるだけでは足りない。
リスクを下げながら、希望にどこまで寄り添えるかを考えないといけない。
必要なのは、「リスクがあるからやめる」ではなく、「リスクがある中で、どう介助すれば希望に近づけるか」という視点でした。
誤解してほしくないこと
ここは誤解してほしくないです。
僕が言いたいのは、危なくても歩かせるべきだ、という話ではありません。
本人の希望があっても、その日の状態や介助量を見て、安全確保が難しいなら中止判断は前提です。
実際に今回も、膝折れが出た時点で歩行訓練は中止しました。
つまり僕が言いたいのは、
「安全だけを理由に最初から全部止める前に、どうすれば希望に近づけるかを本気で考えたい」
ということです。
止めるか、どう支えるか。
その両方を現場で考えるのが、リハビリ特化型デイサービスの役割だと僕は思っています。
転倒リスクを減らすのは「止めること」だけじゃない
僕が今思うのは、転倒リスクを減らす方法は一つじゃないということです。
もちろん、歩行訓練をやめることも一つの方法です。
でも、それだけではない。
- 1人介助ではなく2人介助にする
- 前後で挟む
- その日の状態を見て途中で止める
- 本人の意欲だけで進めない
- 介助スキルを上げる
- 無理に距離を伸ばさない
こういう形で、リスクを下げながら歩行の希望に寄り添うこともできる。
要は、僕らのレベルアップです。
介助スキルが上がれば、利用者さんの希望に添える量が増える。
介助量を高くしてでも、自宅で暮らしたい、歩きたいという気持ちに寄り添える範囲が広がる。
僕はそこに、リハビリ特化型デイサービスの意味があると思っています。
ただし、この考え方は異質かもしれない
正直に言うと、この考え方は普通の福祉介護の感覚からすると異質かもしれません。
もしかしたら、失敗なのかもしれない。
リスクを取ってでも歩かせたい。
希望に寄り添いたい。
そのために介助量を上げる。
これは、人によっては危険な思想に見えると思います。
でも僕は、目の前の人を見てしまうんです。
自分の力で自宅で生活したい。
そう言う人がいる。
しかも実際に、料理までしようとしている。
そんな人を前にして、簡単に「危ないからやめましょう」とは言えない。
もちろん、何でもかんでも歩かせるわけではありません。
止める判断も必要です。
でも、その判断の前に、「どうやったらできるか」を一度は本気で考えたい。
それが僕の立場です。
まとめ|歩行訓練で転倒リスクが上がるのは、希望があるからでもある
今、読者に一番伝えたい結論はこれです。
歩行訓練で転倒リスクが上がるのは、単に危ない利用者さんを歩かせるからではない。
その人に「歩きたい」「自宅で暮らしたい」という希望があるからでもある。
安全だけ見れば、止めた方がいい場面はたくさんあります。
でも、それで本当にその人の生活を守れるのか。
そこを考えないと、リハビリ特化型デイサービスの意味は薄くなると僕は思っています。
だから僕は、
- できるだけ歩いてほしい
- でも無理はしない
- そのために介助方法を変える
- 介助量を上げる
- 自分たちのレベルを上げる
この方向で考えています。
普通の福祉介護としては異質かもしれません。
でも、目の前の人の希望を見て、簡単に諦めることは僕にはできません。
歩行訓練は、きれいごとではできません。
でも、安全だけでも語れません。
その間で悩みながら、どこまで希望に寄り添えるか。
そこに、リハビリ特化型デイサービスの価値があると僕は思っています。
次に読むべき記事
第29話:家族説明が一番怖い理由
→ 歩行訓練の怖さの先には、家族へどう伝えるかがあります。
別角度で読む記事
第27話:ヒヤリハットを書く基準
→ 現場の出来事をどう記録するかから整理したい方はこちら。
ハブ記事
リハビリ特化型デイサービス管理者の仕事ロードマップ
→ 管理者の仕事全体をまとめて追いたい方はこちら。




