デイサービスで働いていると、

「本人のためになる」

と思ってやった支援が、別の立場から見ると危険そのものに見えることがあります。

しかも厄介なのは、どちらかが完全に間違っているわけではないことです。

本人は喜んでいる。
現場も手応えを感じている。
でも家族や施設から見れば、その支援は「やってはいけないこと」になる。

これが家族クレームや施設との衝突を一番難しくします。

今回は、歩行訓練をきっかけに、良かれと思った支援が裏目に出た実例を書きます。
リハビリ特化型デイサービスとしての価値観と、施設側の安全管理の価値観がぶつかった話です。

本人も、職員も、周りの利用者さんも喜んだ歩行訓練だった

その方は、90代女性、要介護3。
施設入居中の方でした。

施設では、安全のために歩行は禁止。
常時車椅子で生活し、おむつも着用している方でした。

一方で、うちのリハビリ特化型デイサービスでは、自立支援の視点からケアマネと話をし、この方に平行棒内での歩行訓練や立ち上がり訓練を行っていました。

ある日、その方の歩行がすごくきれいにできた日がありました。

車椅子から平行棒まで移り、約5メートルを往復3回。
途中で休みながらでしたが、鏡を見ながらしっかり歩行訓練ができたんです。

本人も、

「できるかな」

と言いながら歩いていました。

そしてやり切った時、本人は本当に嬉しそうでした。
職員みんなも、周りの利用者さんも、

「よく頑張ったね」

と声をかけていました。

本人も、

「できました、嬉しい」

と泣いて喜んでいた。

現場としては、かなりいい時間でした。
ただ歩いた、ではなく、本人の希望と手応えがはっきり見えた時間だったんです。

その達成感を施設へ伝えたら、空気が一変した

帰りに施設へ送迎し、僕はその日の様子を施設長に伝えました。

「今日、この方、歩行をすごく頑張ったんですよ」

そんなふうに、良い報告のつもりで話しました。

でも、その瞬間に空気が変わりました。

施設長は、ものすごい勢いで怒ってきました。

「あんた何やってくれてるんですか」

と、かなり強い口調で言われたんです。

その後に言われた内容は、かなり重かったです。

この方は認知症もある。
歩行訓練をしたら、自分は歩けるんだ、まだできるんだと希望を持ってしまう。
そして施設内で一人で突然歩き出してしまうかもしれない。
そうすると転倒してしまう。
骨折するかもしれない。
最悪、亡くなることもある。
責任が取れるんですか。

さらに、施設としては家族から、

「もう歩かせないでいい。車椅子生活で安全に過ごしてもらいたい」

という了承を得ていた、という話まで出ました。

つまりこちらは、本人が喜んだ「良い支援」だと思っていた。
でも施設側から見れば、それは重大事故の引き金になりかねない支援だったわけです。

施設側が怖かったのは、転倒だけではない

この話、最初は

「歩いたら転ぶかもしれないから怒られた」

という単純な話に見えるかもしれません。

でも実際は、もっと根が深いです。

施設側が怖がっていたのは、転倒だけではありません。
認知症のある方が、

「自分は歩ける」

と思い込んで、一人で動き出すこと自体が大きなリスクになります。

  • 施設内で勝手に立つ
  • 見守りの薄いタイミングで歩き出す
  • 転ぶ
  • 骨折する
  • 目が離れた隙に移動して、行方不明につながる

現場にいると、これは十分にあり得る話です。

つまり、デイでの「歩けた」は、そのまま生活全体の安全につながるとは限らない。
むしろ、生活場面によっては危険を増やすことすらある。

ここが、自立支援の難しいところです。

一番まずかったのは、前提条件の共有ができていなかったこと

この件で一番まずかったのは何か。

僕は、施設との情報共有不足だったと思っています。

こっちは、本人の能力や希望を見てリハビリをしていた。
でも施設側は、家族との合意も含めて「歩かせない」という前提で生活を組んでいた。

この前提条件のずれが、一番大きかった。

今振り返ると、施設長に直接そのまま良い報告として伝えたことも、判断としては甘かったかもしれません。

もちろん、体調変化やその日の様子を施設へ報告すること自体は悪くありません。
でも、この手の話はケアマネを通して整理して伝えた方がよかったのかもしれない、と今は思います。

なぜなら、全情報を一番持っているのはケアマネだからです。

  • 本人希望
  • 家族意向
  • 施設方針
  • デイでの支援内容

これを全部つないで調整できるのがケアマネです。

そこを通さず、良い話として直接ぶつけてしまったことで、施設側には「勝手に危ないことをされた」と映った面もあったと思います。

施設長の怒りは、単なる感情論ではなかった

この時、施設長はかなり強い口調でした。

でも今振り返ると、怒りの中身は単なる感情論ではありませんでした。

施設には施設の現実があります。

職員数は限られている。
常につきっきりで一人を見続けることはできない。
本人が「自分は歩ける」と思って立ち上がれば、それは大事故につながる可能性がある。

つまり施設側は、

本人の能力を伸ばすこと
よりも
施設全体で安全に生活を維持すること

を優先している。

これは、立場が違えば当然です。

うちはリハビリ特化型デイサービスで、自立支援を大事にしている。
でも施設は、生活全体の安全管理を背負っている。

同じ利用者さんを見ていても、支援の正解が変わるんです。

それでも、全部が間違っていたとは今でも思っていない

ここは正直に書きます。

僕は反省はしました。
でも、全部が間違っていたとは今でも思っていません。

本人が歩いて喜んだ。
できたことで涙を流して喜んだ。
その事実は本物です。

リハビリ特化型デイサービスとして、その人の「できるかもしれない」を引き出したい。
その気持ちは今も変わっていません。

だからこの件のあと、ケアマネと話をしました。
そして最終的には、

本人が希望したら歩行訓練をする

という整理になりました。

つまり、完全にやめたわけではありません。
ただし、やるなら前提条件をそろえた上でやる。
そこに変わったわけです。

この「反省したけど、信念までは曲げていない」感じは、現場のリアルだと思っています。

今なら、支援を始める前にここを確認する

今の僕なら、この手の支援を始める前に、まずケアマネとの合意を取ります。

そして、こう考えます。

もしこの方が歩けるようになったとして、
施設の居室内や生活場面で、その力を活かせる支援ができるのか。

たとえば、

  • 歩行器を導入できるのか
  • 手すりを入れられるのか
  • 施設として歩行を支える体制が取れるのか
  • 家族はそこを望んでいるのか

そこまで確認してから、

「それなら歩行訓練を入れましょうか」

という話にします。

逆に言えば、そこが整わないなら、デイだけで歩行能力を上げても、施設の生活と噛み合わない可能性が高い。

そうなると、本人にも、施設にも、現場にも、誰にとっても良くない結果になってしまいます。

本人希望はすごく大事です。
でも、施設には施設の管理方針がある。
そこを無視して自立支援だけ押し出すと、支援は簡単に裏目に出ます。

正直に言うと、僕の根っこはあまり変わっていない

ここも正直に言います。

この件のあと、判断が全部変わったかというと、そこまで綺麗には変わっていません。

本人が歩きたいという気持ちには、今でも添いたい。
うちはリハビリ特化型デイサービスだから、自立支援はものすごく大事です。

もちろん、それによって事故につながったら元も子もない。
だから今は、ケアマネとの連絡をより密にしています。

でも本音で言えば、根っこの部分はそんなに変わっていません。

できるなら、やっぱり歩いてほしい。
できるなら、希望に近づけたい。

ただ今は、それをデイ単独の熱量だけでやらない。
その人の生活全体にどうつながるかを見てから動く。
そこが前よりは明確になりました。

まとめ|良かれと思った支援ほど、前提共有がないと危ない

今、読者に一番伝えたい結論はこれです。

良かれと思った支援ほど、本人希望だけで進めると危ない。
家族意向、施設方針、ケアマネとの合意まで含めて、前提をそろえないと簡単に裏目に出る。

今回の件は、支援そのものが全部悪かったわけではありません。
本人は喜んだし、現場にも手応えはありました。

でも、その支援が施設生活の中でどう作用するかという視点が抜けていた。
そこが一番の問題でした。

以前は、できることが増えるならそれでいい、という見方が強かった。
でも今は、その力が生活全体の中で使える形になるのかまで見ている。

特に認知症のある方では、「歩けるようになる」がそのまま生活の安全につながるとは限りません。
転倒だけでなく、無断離設や行方不明のリスクまで含めて考えないと、自立支援は簡単に裏目に出ます。

リハビリ特化型デイサービスの支援は、熱量だけでは足りません。
良い支援ほど、周囲との前提共有が必要です。

本人の希望は大切。
でも、希望を現実の生活につなげられなければ、支援は裏目に出ることがある。

僕はこの件で、それをかなり痛く学びました。 :contentReference[oaicite:1]{index=1}


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次に読むべき記事
第28話:歩行訓練で転倒リスクが上がる理由
→ 本人希望と安全管理がぶつかる場面を、歩行訓練の視点から見るならこちら。

別角度で読む記事
第18話:認知症利用者の言葉をどう受け止めるか
→ 支援が裏目に出る怖さを、別の利用者対応の視点から見るならこちら。

ハブ記事
リハビリ特化型デイサービス管理者の仕事ロードマップ
→ 管理者の仕事全体をまとめて追いたい方はこちら。

ABOUT ME
リハビリデイ管理者
リハビリ特化型デイサービスの現役管理者。 現場運営・稼働率改善・スタッフ管理など、実際のデイサービス経営のリアルを発信しています。 これまで複数のデイサービス事業所で勤務し、稼働率が低迷していた事業所の改善に携わる。 担当した事業所では、稼働率を58.5%から79.8%まで改善。 ケアマネジャーとの関係づくり、紹介数を増やす営業方法、現場オペレーション改善など、 現場経験をもとにした実践的なノウハウをまとめています。 「現場で本当に使えるデイサービス経営」をテーマに、 管理者・生活相談員・デイサービス経営者向けに情報を発信しています。