第32話|看護師との距離感 「医療の論理」と「介護の論理」がぶつかる瞬間

デイサービスをやっていると、
看護師と管理者で見ているものが違うと感じる瞬間があります。
こっちは、利用者さんの表情を見る。
声のトーンを見る。
今日もやりたいと思っているかを見る。
その人が、どこまで今の生活を守りたいのかを見る。
一方で看護師は、もっと別のものを見ています。
- バイタル
- 発汗
- 体重変化
- 食事量
- 脱水
- 急変の兆候
- そして、その先に起こりうる最悪の展開
どちらが正しいか、ではありません。
どちらも正しい。
だから難しい。
今回は、温熱療法と心不全の利用者対応を通して、
「医療の論理」と「介護の論理」がどうぶつかるのか、
そして管理者である僕がその間にどう立っているのかを書きます。
僕がまず見るのは、利用者さんの表情と希望です
僕はまず、利用者さんの表情を見ます。
声のトーンを見ます。
何をしたいのかを見ます。
その人が今日、どこまで動きたいのか。
何を楽しみにして来ているのか。
何を奪われると不満がたまるのか。
まずそこを見ています。
たとえば以前、90代の女性利用者さんがいました。
この方は、デイサービスで入るこたつ式の温熱療法が大好きでした。
「これ暖かくて好きだわ」
と、いつも言っていました。
ただ、その方は最後の方になると血圧が80台や70台の時がありました。
しかも本人も、
「最近は汗っかきになったのか、汗がよく出るのよ。これ何なのよ」
と話していました。
僕としては、血圧を見ながら入ればいいかな、と思っていました。
好きなことだし、できるならやらせてあげたい。
利用者さんの満足感にもつながるからです。
でも、看護師の見方は違いました。
看護師は「その先に何が起きるか」を見ている
看護師は、汗を見ていました。
ただの汗ではなく、冷や汗かもしれないと考えていました。
高齢者で、水分摂取も多くない。
汗が出ている。
血圧も低い。
その状態で温熱療法をしたら、さらに低血圧になって失神するかもしれない。
だから看護師は言いました。
「温熱療法はやめてください。危ないです」
これは、利用者さんの楽しみを奪いたいからではありません。
その先に起こりうる失神や急変を見ていたからです。
つまり看護師は、今起きていることだけではなく、
今これをやったら、その先に何が起きるか
を見ています。
これが、介護職や管理者との大きな違いだと思います。
僕らはどうしても、今目の前の満足度や希望に引っ張られます。
でも看護師は、急変した時の責任や搬送まで見ている。
ここが、距離感の難しさです。
でも、介護の側には介護の論理がある
ただ、ここで
「じゃあ看護師が全部決めればいい」
という話ではないと思っています。
たとえば温熱療法の件でも、利用者さんからクレームが出ました。
「入らせてくれない。意地悪されている」
本人からすると、好きなことを急に止められたわけです。
理由をいくら説明されても、気持ちとしては納得しにくい。
ここに、介護の論理があります。
- どうやったら不満を減らせるか
- どうやったら納得感を作れるか
- どうやったら安全を守りながら希望を少し残せるか
この発想は、看護師よりも管理者や介護職の方が強く持ちやすいです。
だから最終的には、温度を下げて温熱療法をする方向に落ち着きました。
あるいは、最悪スイッチを切った箱の中に入ってもらい、隣で寄り添って話をするだけでも解決するかもしれない。
そういう
「危険を下げながら希望を残す」
方向を考えます。
僕は、そこが介護の役割だと思っています。
心不全の利用者さんでも、同じことが起きた
この構図は、31話で書いた心不全の利用者さんの件でも同じでした。
僕としては、家族の意向にできるだけ添いたかった。
正直に言うと、そこは強かったです。
もちろん急変の可能性が高いから怖い、という気持ちはありました。
でも、家族の希望を断ってしまった時に、じゃあその人はどこで見てもらうのか、という問題が残ります。
しかもその入居施設には看護師がいませんでした。
だったら、日中にデイサービスへ来て、こちらで観察した方がむしろ安全ではないか。
そう僕は判断しました。
でも看護師の見方はやっぱり違います。
看護師は、今後どうなっていくかをかなり具体的に想像できます。
急変はいつ起きるのか。
どう悪くなっていくのか。
その時に自分たちは何ができて何ができないのか。
知識があるからこそ怖い。
責任を自覚しているからこそ怖い。
ここも、まさに医療の論理でした。
看護師が絶対に譲れなかったのは「責任が取れない」という一点だった
どちらのケースでも、看護師が一番強く言っていたのはここです。
「責任が取れない」
これでした。
急変が起こる可能性はある。
しかも高い。
それを分かっていながら続けた時に、もし亡くなったらどうするんですか。
看護師からはかなり怖い言葉も言われました。
「看護師が言ったのに、管理者のあなたがそれでも押し通した時に、例えば亡くなったら、私のトラウマにもなるし、あなたは業務上過失致死罪や安全管理義務違反になる可能性がありますよ」
めちゃくちゃ怖かったです。
でも、これは脅しではなく、医療側の本音です。
看護師は、支援の楽しさより先に、
何かあった時にどう責任を取るのか
を見ています。
ここを軽く扱うと、看護師との信頼は崩れます。
でも僕は、看護師とぶつかる必要はないと思っている
ここ、よく勘違いされるかもしれませんが、
僕は看護師と真正面からぶつかってはいません。
むしろ、看護師の意見は基本的に飲みます。
なぜなら、看護師が見ている医学的な危険の根拠は大事だからです。
その危険予測を無視して、管理者が情熱だけで押し通す意味が僕には分かりません。
僕の役割は、看護師と戦うことではない。
看護師が示してくれる危険の根拠を土台にして、本人の思いや生活をどう支援に残すかを考えること
だと思っています。
温熱療法の件では、看護師とはぶつからず、その意見を前提にケアマネとかなりぶつかりました。
喧嘩するくらいです。
でも、それでいいと思っています。
危険の根拠と、本人の「こうしたい」は、どちらか一方だけでは現場は回りません。
まず危険の根拠をきちんと受け止めた上で、その人の希望をどう残せるかを考える。
そこが管理者の力の見せ所だと思うからです。
僕は「緩衝材」になるようにしている
だから今の僕の役割は、緩衝材です。
看護師の不安を受け止める。
利用者さんや家族の希望も受け止める。
その上で、どこなら両方が壊れずに着地できるかを探す。
もしこれをやらないと、どうなるか。
現場で働く看護師は不満だらけになる。
メンタルも不安定になる。
最悪、辞めていく。
でも看護師が辞めたら、一番困るのは利用者さんです。
それって本末転倒ですよね。
だから僕は、
「利用者さんのためだから押し切ろう」
みたいな雑なことはしません。
まず看護師の不安を受け止める。
その上で、ケアマネや家族と調整して、現場が持てる形にする。
それが管理者の仕事だと思っています。
今の僕の考えを一言で言うなら
今の僕の考えを一言で言うなら、
「危険の根拠を無視せず、その上で本人の希望をどう残すかを考える」
です。
危険の根拠だけで動けば、利用者さんの不満はたまっていく。
でも希望だけで動けば、何かあった時に現場は壊れます。
だから両方を見る。
そして、一番いい着地地点に着くように僕が間に入る。
それが今の僕の立場です。
以前は、本人の思いを先に見ていました。
でも今は、まず危険の根拠を確認した上で、その人の希望をどこまで残せるかを考えるようにしています。
まとめ|看護師との距離感は「正義の勝ち負け」ではなく「着地点づくり」
今、読者に一番伝えたい結論はこれです。
看護師との距離感で大事なのは、どちらが正しいかを決めることではありません。
医療の論理と介護の論理、どちらも正しい前提で、どう着地させるかです。
看護師は、急変と責任を見る。
管理者は、本人希望と生活を見る。
そのままぶつければ、現場は壊れます。
だから必要なのは、
- 看護師が示す危険の根拠を軽く扱わない
- 利用者さんの希望も切り捨てない
- その両方を持って、ケアマネや家族と調整する
- 最後は現場が持てる形に落とす
これです。
僕は、看護師と戦うつもりはありません。
むしろ、看護師が出してくれる危険の根拠があるからこそ、僕は安心して希望の話ができます。
医療の論理と介護の論理は、ぶつかるものです。
でも、どちらかを潰すものではない。
管理者がその間に入って、壊れない着地点を作る。
それが今、僕が一番大事にしている距離感です。
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