第50話|デイ管理者の仕事|板挟みを捌く優先順位の付け方

デイサービス管理者の仕事は、何でもできる人になることじゃない。
今の僕は、そう思っています。
無理と言わないこと。
もっと正確に言うなら、どうやったらできるかを考えることです。
ただし、それは自分が全部やるという意味ではありません。
昔の僕は、そこを勘違いしていました。
自分が前に立ち、
自分が一番動き、
自分が引っ張れば、施設は良くなると思っていた。
でも、5年やって分かったのは逆でした。
管理者の本当の仕事は、自分が中心になることじゃない。
自分がいなくても、壊れない構造を作ることでした。
今回は、デイ管理者の仕事を僕がどう捉え直したのか。
板挟みの中で、何を先に見て、何を後に回すのか。
その優先順位の付け方を書きます。
管理者になりたての頃、僕は前に出ることが仕事だと思っていた
管理者になったばかりの頃、僕が思っていた仕事はかなりシンプルでした。
現場をうまく回すこと。
現場を明るい雰囲気にすること。
そのために、自分が中心となって動くこと。
たぶん当時の僕は、
「管理者=一番頑張る人」
だと思っていたんです。
前に立つ。
動く。
埋める。
雰囲気も作る。
それが管理者の役目だと思っていました。
でも今は違います。
もちろん、フェーズが変わったこともあります。
職場の状態も、人の配置も、昔とは違う。
それでも一番大きいのは、僕自身の考え方が変わったことです。
今の僕は、自分が中心になるより、
右腕が中心になって現場を作れる状態を支えることの方が大事だと思っています。
僕が主役になるんじゃない。
僕が裏で支える。
そして、負けない構造を作る。
たぶん、これが今の僕にとっての管理者の仕事です。

僕が最初に間違えたのは、「自分がいいことを始めれば回る」と思ったことだった
この失敗は、今でもよく覚えています。
僕が管理者になった頃、うちのデイでは集団体操をやっていませんでした。
みんなで全身を動かす時間を作ったら、利用者さん同士の仲間意識も強くなると思った。
それで、集団体操を取り入れました。
職員1名に対して、利用者さんが数名から最大10名。
20分ほど、一緒に体操したり、脳トレをしたりする。
発想自体は悪くなかったと思っています。
でも問題は、そのやり方でした。
それを僕が先導して、どんどん一人でやってしまった。
僕が前に立って、僕が回して、僕が形にした。
その時間、他の職員は暇そうにしていたこともありました。
集団体操に自然に入ってくることもなかった。
あの時、失敗したなと思いました。
良いことを始めたつもりなのに、
実際には「管理者がやるもの」になってしまったからです。
結果として、他の職員が集団体操を担える体制に移すまで、2年ほどかかりました。
これはかなり痛い失敗でした。
自分が先頭を走れば進む。
そう思っていたけど、実際にはその逆で、
自分が前に出すぎるほど、他の人は育ちにくくなる。
ここでかなり考え方が変わりました。
板挟みは、きれいな言葉では済まない
管理者の仕事を考える時、よく「板挟み」という言葉が出ます。
でも実際の板挟みは、そんなにきれいじゃありません。
僕がこの5年で強く感じた板挟みは、まず職員を守ることと、最後に線を引くことでした。
ここは書き方をかなり気をつけないといけない部分です。
ただ、現実として避けられない話でもあります。
僕が管理者になった頃のデイサービスは、前の管理者の価値観がかなり強く残っていました。
その中では、
- 新しい業務を覚えずに自分を守る動きがある
- 御局化が進む
- 雰囲気が暗い
- 変化を嫌う
- でも、その空気の中で若い職員や真面目な職員が消耗していく
そういう状態がありました。
だから僕は、会議もしました。
やり方も変えました。
「こうやってください」という形を少しずつ作っていきました。
その結果として、辞めていった職員もいます。
そこに対して、今でも申し訳なさはあります。
胸を張って言えることではありません。
でも、より良くするために必要だったとも思っています。
ここが管理者のしんどいところです。
優しいだけでは守れない。
でも、切ればいいという話でもない。
しかも厄介なのは、問題を起こす人にも、その人なりの正義があることです。
実際、スタッフを扇動して反乱みたいな動きを起こそうとした人もいました。
でも、その人にも、その人の言い分や正義はあったと思っています。
ただ、感情的に周りを巻き込んで攻撃するのは違う。
それは止めました。
普通に相談してくれればいいのに、と思ったことは何度もあります。
でも結局、管理者はそこも含めて整理しなければいけない。
誰が悪いかで終わらせず、何がそうさせているかを見る。
それでも、最後は線を引かなきゃいけない時があります。
現場と経営の板挟みも、ずっと続く
もう1つの大きな板挟みは、現場と経営です。
稼働率を上げたい。
収益も上げたい。
でも、職員は増やしてほしい。
現場はこれ以上しんどくしたくない。
このやり取りは、今でも続いています。
現場から見れば、
「これ以上増えたら回らない」
になる。
経営から見れば、
「稼働率を上げないと厳しい」
になる。
どっちも間違っていません。
だからしんどい。
管理者って、ここでどちらかの代弁者になるだけでは足りないんです。
現場の感覚も分かる。
数字の重さも分かる。
でも、どちらにも100%寄り切れない。
その中で、
- どこなら押せるか
- どこは守るか
- どこから先は壊れるか
それを見極めるのが管理者の仕事なんだと思います。

僕が優先順位を守って正しかったと思えるのは、4年間、書類より現場を優先したことだった
今振り返って、優先順位として間違っていなかったと思うこともあります。
それは、4年ほど、書類よりも現場を優先したことです。
もちろん、書類が大事じゃないわけではありません。
法的整合も必要です。
説明責任も必要です。
でも、当時のうちはまず、現場の価値観そのものを作り直さないといけなかった。
だから僕は、完璧な書類より先に、
- 明るい雰囲気
- 安全優先
- 新しい価値観の共有
を優先しました。
結果として、うちのデイは少しずつ変わりました。
ただ作業をこなすだけの現場じゃなく、
明るく、でも安全を優先するデイサービスに変わっていった。
ここは、優先順位を守ってよかったと思っています。
管理者って、全部を一度に整えたくなるんです。
でも実際には、それをやると全部が中途半端になることもある。
だから、
今この施設に一番必要なのは何か
を決めることが大事なんだと思います。
嫌われ役をやるのは、感情を潰すためじゃなく、仕事の土台をそろえるためだった
僕は「嫌われ役をやる」と言うことがあります。
でも、それは怒鳴るとか、押さえつけるとか、そういう意味じゃありません。
たとえば、職員同士が対立していた時のことです。
一方は、段取りが上手でテキパキ仕事をする職員。
もう一方は、段取りは得意じゃないけど、利用者さんとの会話が多い職員。
どちらも大事なんです。
でも、そのままだと仕事がスムーズに流れない。
結果として、お互いに不満が溜まって対立してしまう。
ここで僕が間に入って、
「まあまあ仲良くやって」
で済ませても、たぶん何も変わりませんでした。
だから僕は、1単位あたりの業務表を作りました。
何時から何時まで何をする。
どの順番で動く。
どこで準備する。
どこで利用者さんと関わる。
しかも、効率だけに寄せたわけじゃありません。
たとえば、帰りの送迎車の準備ができるまでの空き時間で、利用者さんと特に話をする時間を設ける。
クロージングケアのような時間も、意図して入れました。
つまり、
- テキパキ進めたい職員の強み
- 利用者さんに寄り添いたい職員の強み
その両方が活きる形を、業務の流れとして作ったんです。
その時は、少し嫌われたと思います。
「この順番でやってください」と決めるわけですから。
でも今は、その流れが身についています。
結果として、効率も上がった。
しかも、利用者さんに寄り添うケアもできている。
ここで思うのは、
管理者の嫌われ役って、人をねじ伏せることじゃない
ということです。
人と人の相性で揉める前に、仕組みで先に整えること。
これも、かなり大事な仕事でした。
今の僕が、忙しい日に頭の中で見ている優先順位
ここは、昔よりかなりはっきりしました。
忙しすぎる日。
問題が重なる日。
現場も書類も説明も全部来る日。
そんな日に、僕がまず頭の中で見る順番はこうです。
- 命・安全
これは絶対に変わりません。何を削っても、ここだけは先です。 - 現場が止まらないこと
安全が守れても、現場が止まると連鎖的に崩れます。まず回る形を作る。 - 職員の消耗
現場が回っていても、職員が削れ続けたら長く持ちません。その日のしんどさを、翌週の崩壊につなげないこと。 - 説明責任
家族、ケアマネ、法人。説明しないと後で大きくなることは、この段階で押さえる。 - 稼働率
数字は大事です。でも、命や現場や職員を削ってまで追うものではない。 - 書類の整合
これは最後に回ることもあります。もちろん法的整合は大事です。でも、優先順位を間違えると、書類は整っていても現場が壊れます。
この順番は、たぶん昔の僕には持てなかったものです。
昔は、全部同時に守ろうとしていました。
でも今は、全部を一度に守るのは無理だと知っている。
だから順番を決める。
管理者って、全部を完璧にこなす人じゃない。
崩れない順番を決める人なんだと思います。

僕が捨てたものと、それでも守ると決めたもの
この5年で、捨てたものもあります。
自分の感情。
自分のやりがい。
自分の体力。
ここは正直です。
かなり削りました。
でも、その代わりに守ると決めたものもあります。
事故。
法的整合。
職員の崩壊。
この3つは落とさない。
少なくとも、そこだけは外さない。
これはきれいごとじゃなくて、実務上の線です。
管理者って、全部を守れたら理想です。
でも、現実にはそうはいかない。
だからこそ、
何を切っても、何だけは落とさないか
を自分の中で決めておかないといけない。
今の僕が、昔の自分に言うなら
昔の自分に何か一言だけ言うなら、たぶんこうです。
まずは、ゆっくり寝た方がいいよ。
きれいな名言じゃないです。
でも、今はこれが一番本音です。
寝たら頭も少しクリアになります。
新しいアイデアも出ます。
体力も戻る。
逆に、寝ていない管理者は、全部を背負いやすくなる。
前に出すぎる。
判断を間違える。
自分だけ先に行って、周りを置いていく。
僕はたぶん、アレクサンダー大王みたいに、自分が前面に出て引っ張っていくタイプじゃないんだと思います。
僕はもう少し違う。
陰に回る。
支える。
職員に活躍してもらう。
やりがいを感じてもらう。
そっちにシフトしました。
年を取ったのかもしれません。
でも、悪い変化ではないと思っています。
今ならこう考える
デイ管理者の仕事は、全部を背負うことじゃない。
でも、全部を無視することでもない。
無理と言わない。
ただし、自分が全部やる意味ではない。
どうやったらできるかを考える。
誰がやれば回るかを考える。
どこまでなら守れて、どこから壊れるかを見る。
そして、自分が主役になるより、
施設が自走できる形を作る。
今の僕にとって、管理者の仕事はそこです。
まとめ|管理者は「全部を守る人」ではなく「崩れない順番を決める人」になった
管理者になりたての頃、僕は
「自分が中心になって現場を回すこと」
が仕事だと思っていました。
でも5年経って、その考えはかなり変わりました。
今の僕にとって管理者の仕事は、
- 無理と言わないこと
- どうやったらできるかを考えること
- 自分が中心になるのではなく、負けない構造を作ること
です。
板挟みは消えません。
職員を守るか。
最後に線を引くか。
現場を守るか。
経営を立てるか。
自分が動くか。
任せるか。
その全部の間で、順番を決め、線を引き、壊れない形を探し続ける。
それが管理者の仕事だと思います。
全部は守れない。
でも、優先順位は決められる。
だから僕は今、
命、安全、現場、職員、説明責任
の順で見るようにしています。
昔の僕に言うなら、
まずは寝ろ
です。
そして、今つぶれそうな管理者に言うなら、これです。
自分が前面に出ても、いいことばかりじゃない。
自分が目立つことより、周りが回る形を作る方が大事だ。
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