第16話|OTが突然辞めた日、リハビリ特化型デイの現場はどうなったか 本当に怖かったのは退職ではなく構造だった

リハビリ特化型デイサービスをやっていると、一度は頭をよぎる不安があります。
「もし専門職が急に辞めたら、うちはどうなるんだろう」
でも、忙しい現場では、そういう不安をどこかで見ないようにしてしまいます。
私もそうでした。
「まあ大丈夫だろう」
「今は来てくれているし」
「資格がある人がいてくれるだけありがたい」
そんなふうに、自分に言い聞かせていた時期がありました。
でも、その甘さはある日、一気に吹き飛びました。
OTが突然辞めた日。
あの日、リハビリ特化型デイの現場がどうなったのか。
今日はその話を書きます。
ある日、OTから突然LINEが来た
そのOTは、うちのリハビリ特化型デイにとって大きな存在でした。
専門職としての知識もある。
利用者さんへの対応もそれなりにできる。
現場の中でも、「リハ職がいる」という安心感を作ってくれる存在でした。
だからこそ、私はどこかで思っていました。
「多少クセがあっても、いてくれた方が助かる」
でも、それは完全に管理者側の都合でした。
ある日、そのOTからLINEが来ました。
内容は、かなり急な退職の連絡でした。
読んだ瞬間、頭が真っ白になりました。
「え、今このタイミングで?」
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
「現場どうするんや」
そう思いました。
でも、現実は待ってくれません。
リハビリ特化型デイでOTが抜ける。これはただの人員減ではありません。
サービスの看板が抜ける、ということです。
リハビリ特化型デイのOT退職は、想像以上に重い
普通のデイサービスなら、職員が1人辞めても現場の負担増で済むことがあります。
でも、リハビリ特化型デイは違います。
OTが抜けると、
- 個別機能訓練の実施体制
- 計画書の作成や見直し
- 利用者さんや家族への説明
- 加算の前提
- 事業所としての信頼
こういうものが、一気に揺らぎます。
しかも現場は待ってくれません。
利用者さんは来る。
家族さんは見ている。
ケアマネさんも見ている。
社長も見る。
そして管理者だけが、「これ、どう回すんだ」と胃を痛めることになります。:contentReference[oaicite:2]{index=2}
一番きつかったのは、退職そのものより「予兆を見ていたのに止められなかったこと」
今振り返ると、完全な突然死ではありませんでした。
数か月前から、違和感はありました。
- ちょっとした言い方
- 現場での温度差
- 組織人としての動きの弱さ
- 注意された時の反応
そういう小さなズレがありました。
でも当時は、
「専門職だし」
「今辞められたら困るし」
「もう少し様子を見よう」
という空気がありました。
社長からも、強く言いすぎるなというニュアンスがありました。
要するに、問題を見ていたのに、先送りしたんです。
そしてツケは、全部現場に返ってきました。:contentReference[oaicite:3]{index=3}
OTが辞めると、現場は静かに崩れる
OTが抜けた瞬間、分かりやすく大爆発するわけではありません。
むしろ怖いのは、静かに崩れることです。
最初に来るのは、現場の戸惑いです。
「今日は誰がこれを見るの?」
「計画書どうするの?」
「個別機能訓練、これでいいの?」
次に来るのが、利用者さんや家族さんへの説明です。
「先生、辞めたんですか?」
「今後も同じように見てもらえるんですか?」
「リハビリ特化型って大丈夫なんですか?」
そして最後に、管理者の仕事が一気に増えます。
- 利用者さんへの謝罪
- 家族さんへの説明
- 社長との調整
- 書類の確認
- 加算の見直し
- 行政や制度面の確認
ただ一人辞めただけなのに、管理者だけ仕事が何倍にも増える。
この感覚は、経験した人にしか分からないと思います。:contentReference[oaicite:4]{index=4}
私があの時、本当に怖かったもの
当時の私は、OT本人の社会性のなさや、辞め方のひどさにばかり目が向いていました。
もちろん、それ自体は間違っていません。
急なLINE退職。
現場への配慮の薄さ。
有給の扱いまで含めたやり取り。
社会人として危うい部分は、確かにありました。
でも今なら、もう一つはっきり言えます。
本当に怖かったのは、その人がいないと成立しない状態を作っていたことでした。
個別機能訓練も、
加算も、
計画書も、
利用者さんの満足も、
かなりの部分を、一人の専門職に寄りかかっていました。
だからこそ、抜けた瞬間に止まりました。
問題はOT個人の性格だけではなく、「OTがいないと回らない構造」そのものにあったんです。:contentReference[oaicite:5]{index=5}
「資格があるから助かる」は、管理者の逃げになる
この時、痛感しました。
管理者が一番やってはいけないのは、
「資格があるから、いてくれるだけでありがたい」
と考えることです。
この思考は、その場は楽です。
だって、問題を見なくて済むから。
- 組織人として信頼できるか
- 急な離脱リスクはないか
- チームで回る意識があるか
- 情報共有ができるか
本当はそこを見ないといけないのに、
「有資格者が来てくれている」という事実だけで安心してしまう。
でも、そのツケは必ず来ます。
しかも一番きつい形で来ます。
現場が止まる。
加算が止まる。
信頼が揺らぐ。
その時になってから慌てても、もう遅いんです。
当時は絶望した。でも今なら見えることがある
正直、当時はかなりきつかったです。
「なんでこんな辞め方するんだ」
「こっちのこと何も考えてないやん」
「現場どうするんだよ」
そういう感情もありました。
でも今の私は、少し違う見方をしています。
あの時の本当の問題は、
OT一人の問題ではなく、OT一人に依存していた組織の問題
でした。
それが分かったから、その後の私は
「誰か一人が抜けても、全部は止まらない構造をどう作るか」
を先に考えるようになりました。
人をただ補充するのではなく、
- 制度上どう成立させるか
- 誰がどこまで担えるか
- 看護職はどこまで機能訓練に関われるか
- 行政確認まで含めて、どう安全に組むか
そういう発想に変わっていきました。:contentReference[oaicite:6]{index=6}
問題を先送りすると、現場が払うことになる
ここは管理者として、本当に痛い教訓でした。
社長の立場も分かります。
専門職は採用が難しい。
辞められたら困る。
だから強く言いすぎるな。
その理屈自体は分かります。
でも、その判断を続けるとどうなるか。
問題は蓄積し、最後に現場が払うことになります。
利用者さんが不安になる。
家族さんが不信感を持つ。
現場が疲弊する。
管理者が全部を被る。
だから今の私は、
「辞められたら困るから見逃す」
という判断は、長期的にはリスクを増やすだけだと思っています。:contentReference[oaicite:7]{index=7}
あの絶望があったから、私は構造を見るようになった
この出来事は、私の中でかなり大きかったです。
人が辞める。
それ自体は止められないこともあります。
でも、
一人辞めたら現場が止まる状態は、管理で変えられる
と思うようになりました。
つまり、
- 誰が辞めても全部は止まらない
- 一人に役割を集中させすぎない
- 資格だけでなく組織人として見極める
- 制度と現場の両方から体制を考える
そういう視点です。
今の私が「構造」を重視しているのは、こういう痛い経験を通ってきたからです。 :contentReference[oaicite:8]{index=8}
まとめ|OTが突然辞めて分かった、本当の問題
OTが突然辞めた日、リハビリ特化型デイの現場はかなり揺れました。
でも今振り返ると、本当に怖かったのは「OTが辞めたこと」そのものではありません。
その人がいないと成立しない構造を作っていたことでした。
専門職の技術は大事です。
でも、それ以上に大事なのは
「その人が抜けても全部は止まらない形にしておくこと」
です。
勘違いしやすいのは、専門職の退職をその人の性格や辞め方の問題だけで見てしまうことです。
一番危ない見落としは、「一人抜けたら止まる構造」を先に直していないことです。
もし今、専門職が一人抜けたら現場が危ないと感じている管理者がいるなら、まだ間に合います。
見直すべきなのは、人の性格より先に組織の構造です。
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